要件を引き出せなかった原因は質問力だった
——要件を引き出す5つの質問の型
どれだけ仕組みを整えても、超えられない壁がある
このシリーズでは、ここまで要件定義の品質をどう測るか、進捗をどう可視化するかを整理してきました。品質特性という物差しを持つこと(第7回)、充足度という考え方を持つこと(第8回)——これらは、要件定義というプロセス全体の質を底上げしてくれる、重要な仕組みです。
しかし、ここでひとつ、正直に認めなければならないことがあります。
どれだけ優れた品質基準を用意しても、どれだけ精緻な充足度の指標を作っても、どれだけ高性能なAIを導入しても、超えられない壁があります。それは、そもそもの「インプット」の質です。
品質チェックも、充足度の可視化も、すべて「すでに引き出された情報」を対象にした仕組みです。情報がそもそも引き出せていなければ、どれだけ後工程の仕組みを整えても、扱う対象自体が存在しません。
そして、この「インプットの質」を最も大きく左右するのが、質問の質です。今回は、これまでのシリーズの中で断片的に触れてきた「質問力」というテーマに、正面から向き合います。
「仕組み」は、「聞けていること」しか扱えない
第5回でお伝えした「議事録から要求を抽出する」という作業を思い出してください。この作業がどれだけ精緻であっても、抽出できるのは、議事録に書かれている情報だけです。いうまでもなく、議事録に書かれていない情報は、そもそも抽出のしようがありません。
そして、議事録に何が書かれるかは、ヒアリングの場で何が引き出せたかに、完全に依存しています。つまり、抽出という仕組みの限界は、その手前にある「質問」の限界によって、すでに決まっているのです。
同じことが、品質チェックにも言えます。第7回でお伝えしたBABOK・IEEEをベースにした品質特性は、「書かれている要件」に対して適用される基準です。「そもそも書かれていない要件」、つまり質問されなかったために存在すらしない要件については、品質チェックのしようがありません。曖昧さを検出する仕組みは優秀でも、「存在しないことの曖昧さ」までは検出できないのです。
充足度の可視化(第8回)についても同様です。「必要な要求が、すべて出尽くしたか」という、あの最大の問いに立ち返ると、この問いに答える力を左右しているのは、結局のところ「どれだけ的確な質問を重ねてきたか」です。
仕組みは、後工程の質を上げてくれます。しかし、仕組みは前工程の質までは作ってくれません。前工程、つまり「何を聞くか」の質は、別の力によって支えられている必要があります。
「いい質問」とは、何か
では、「いい質問」とは、具体的にどういうものでしょうか。これまでの回でお伝えしてきた内容を、質問という切り口で整理し直してみます。
答えの幅を、狭めすぎない質問
「承認フローは必要ですか」という質問は、「はい」「いいえ」でしか答えられません。この質問では、顧客が本当に伝えたかった細かいニュアンス——「基本的には不要だが、一定金額を超える場合だけ必要」といった条件——を引き出せません。
第2回でお伝えした「顧客は要望・要求のレベルで話す」という構造を思い出すと、質問もまた、顧客が自然に語れる形になっている必要があります。「この業務で、承認が必要になるのはどんな場合ですか」という開いた質問のほうが、条件付きの情報を引き出しやすくなります。
「基本的には」「普通は」という言葉に、反応する質問
第3回でお伝えたとおり、「まあ、基本的にはそうなんですけど」という一言には、例外や条件が隠れているサインがあります。いい質問とは、こうしたサインに対して即座に反応し、「基本的にはということは、例外もあるということですね。どんな場合に例外になりますか」と、その場で深掘りできる質問です。
「なぜ」を聞く質問
「なぜその手順になっているのですか」という問いは、表面的な手順の裏にある、過去のトラブルや業務上の制約を引き出すことがあります。第3回でお伝えした「過去のトラブルから生まれたルール」は、手順そのものを聞くだけでは見えず、その背景を尋ねる質問によって初めて明らかになります。
「他の人だったら」を想像させる質問
「あなたが急に休んで、別のスタッフがこの業務をやることになったとしたら、何を引き継ぎますか」という問いは、第3回でお伝えした、暗黙知を言語化させるための有効な手法です。いい質問は、相手の思考の枠組みを、少しずらす力を持っています。
関係者の存在を、確認する質問
第3回でお伝えたステークホルダーの網羅漏れの問題を思い出してください。「この業務には、他にどなたが関わっていますか」という質問を、意図的に、繰り返し立てることも、いい質問のひとつの形です。目の前の相手がすべてを把握しているとは限らない、という前提に立った質問です。
質問力は、才能ではなく、型です
「いい質問ができる人」と聞くと、生まれつきのセンスや才能をイメージするかもしれません。しかし、上記で整理したような質問には、共通する「型」があります。
- 閉じた質問(はい/いいえ)ではなく、開いた質問にする
- 「基本的には」「普通は」という言葉が出たら、即座に深掘りする
- 手順そのものだけでなく、その理由(なぜ)を尋ねる
- 相手の視点を、あえてずらす(他の人だったら、休んだら)
- 目の前の相手が全てを知っているという前提を疑い、他の関係者の存在を確認する
これらは、経験を積む中で自然と身につく人もいれば、意識的に練習することで身につけられる人もいます。重要なのは、これが才能ではなく、繰り返し使える「型」だということです。
第4回でお伝えしたとおり、初級SEが現場で迷う理由は、「次に何を聞くべきか」の材料——過去の経験から来るパターン認識——を持っていないことにありました。しかし、パターン認識のすべてがゼロから経験を通じて獲得されなければならないわけではありません。上記のような「型」を先に知っておくことで、経験の蓄積を待たずに、質問の質を一段階引き上げることができます。
質問力を鍛える、地道な方法
型を知ることは第一歩ですが、それを実際に使えるようにするには、実践の積み重ねが必要です。私自身が実践してきた、地道な方法をいくつか紹介します。
ヒアリングの録音を、後から聞き直す
自分がした質問と、それに対する顧客の答えを、後から客観的に聞き直します。「あの場面、もっと深掘りできたのではないか」「この質問は閉じすぎていたのではないか」と、自分の質問そのものを振り返る機会を、意図的に作ります。
質問リストを、事後的に検証する
ヒアリング前に用意した質問リストが、実際にどれだけ有効だったかを、ヒアリング後に振り返ります。「この質問は、想定していた以上の情報を引き出せた」「この質問は、狭すぎて欲しい情報が取れなかった」という検証を積み重ねることで、質問リスト自体の質が、プロジェクトを重ねるごとに向上していきます。
「質問力」をテーマにした書籍から学ぶ
私は、技術書だけでなく、「質問力」そのものをテーマにした書籍からも知識を得るようにしています。技術者向けの書籍は要件定義や業務分析の文脈で質問の重要性を説くものが多いのですが、コーチングや営業、カウンセリングの分野で書かれた「質問力」の本には、要件定義の現場でもそのまま使える型が数多くあります。分野を問わず、質問という技術そのものに向き合っている書籍から学ぶことは、意外と有効です。
私自身はまだ試したことがありませんが、有効だと考えている方法もひとつ紹介しておきます。他のSEのヒアリングに同席し、質問だけを記録するという方法です。第4回でお伝えした、後輩のヒアリングに同席した経験の逆側にあたります。優れた質問をするSEのヒアリングに同席し、その人がどんな質問を、どんなタイミングで発しているかを、意識的に観察し、記録する。答えの内容ではなく、質問そのものに注目することがポイントです。実践できていない分、いつか試してみたいと考えている方法のひとつです。
仕組みと質問力は、両輪です
ここまで、質問力の重要性を強調してきましたが、これは「仕組みより質問力のほうが大事だ」ということではありません。
品質チェックの仕組みや充足度の可視化は、質問力によって引き出された情報を、正しく整理し、漏れを検出し、効率的に扱うために欠かせません。質問力がどれだけ優れていても、その後の整理や検証が属人的な感覚に頼っていれば、これまでの回でお伝えしてきた問題(欠落に気づけない、進捗が測れない)は、そのまま残ります。
逆に、どれだけ優れた仕組みを整えても、質問力が伴っていなければ、その仕組みが扱う対象そのものが乏しいものになってしまいます。
質問力は「入口」の質を決め、仕組みは「入口から先」の質を決めます。どちらか一方だけでは、要件定義全体の質は上がりません。この両輪という考え方が、次回以降お伝えしていく内容の前提になります。
まとめ
要件定義における品質チェックや充足度の可視化は、すべて「すでに引き出された情報」を対象にした仕組みです。情報がそもそも引き出せていなければ、後工程の仕組みがどれだけ優れていても、扱う対象自体が存在しません。
この「インプットの質」を左右するのが、質問の質です。開いた質問にする、「基本的には」という言葉に反応する、理由を尋ねる、相手の視点をずらす、関係者の存在を確認する——こうした質問には、共通する「型」があります。質問力は才能ではなく、型として身につけ、練習によって鍛えられるものです。
質問力と仕組みは、両輪です。どちらか一方だけでは、要件定義全体の質は上がりません。
次にヒアリングに臨むとき、まずはこの5つの型のうち、ひとつでも意識して使ってみてください。質問が変われば、引き出せる情報が変わり、その先にある品質も、進捗の見え方も、変わってきます。