要求のヒアリングで漏れる本音

――それこそが、要件定義の鍵

要求のヒアリングで漏れる本音

「まず、現状の業務を教えてください」

要件定義のヒアリングで、最初に固めておきたいのはAsIs、つまり既存業務です。今、現場がどう動いているのかを正確に把握しないまま、理想を聞き始めると、話がかみ合わなくなります。そのため、ヒアリングの冒頭で「まずは、現状の業務を教えてください」とお願いするようにしています。

ところが、これがうまくいかないことがあります。相手も現状を話しているうちに、話の途中でどうしても理想や不満が混ざり込んでくるのです。

この論点は、以前「業務フローは、どこまで描けばいいのか――粒度は、目的によって分ける」でお伝えした粒度の話と、同じくらい重要な位置づけにしています。粒度を誤ると業務フローが使えないものになるのと同じように、AsIsとToBeを混同すると、その先のすべての整理が混乱に陥ります。


現状の説明に、いつも本音が混ざる

ある製造業のお客様で、出荷指示のプロセスをヒアリングしたことがありました。担当の方は淡々と手順を説明してくれました。受注データを確認し、在庫を照会し、出荷指示書を作成し、それを別の担当者がもう一度確認してから出庫指示を出す、という流れです。

一通り説明が終わったところで、その方がふと付け加えました。「この二重チェック、正直何のためにやっているのか、あまりわかっていないんですよね。前任者から引き継いだので、そのまま続けているだけで」

これは業務手順の説明としては余談に聞こえます。手順そのものには関係のない、担当者の感想のようなものです。ですが、私はこの一言を聞いた瞬間に、手元のメモに別の印をつけました。この発言は、AsIsの説明ではなく、ToBeへの入り口だったからです。


現状を聞いているのに、なぜ不満が出てくるのか

私はヒアリングの場では、できるだけ多くの情報を正確に聞き出すために、話しやすい場づくりを心がけています。相手が身構えず、思ったことをそのまま口に出せる雰囲気があるほど、AsIsの細部が正確に集まります。これは当然必要なことです。しかし、その一方でこの場づくりには副作用もあります。話しやすい場であるほど、手順の説明のついでに、不満や違和感も気楽に語られてしまうのです。つまり、良いヒアリングをしようとする姿勢そのものが、AsIsとToBeが混ざる原因の一つになっているとも言えます。

人は、自分の業務を説明するとき、手順と一緒に、その手順に対する感情や評価も、自然に語ってしまうものです。「これをやっている」と話しながら、「これって本当に必要なんだろうか」という気持ちが同時に浮かぶのは、むしろ自然なことです。淡々と手順を話しているようで、実は頭の中では現状への評価も同時に走っている。この二つは、話す側にとっては分かれていないのです。

問題は、聞く側がこれをどう扱うかです。

「今は現状を聞いているので、その話は後で」と一度でも遮ってしまうと、相手は「余計なことを言ってしまった」と感じて、以降は手順だけを機械的に話すようになります。せっかく漏れ出てきたToBeの材料が、二度と出てこなくなってしまうのです。一度閉じた口は、同じヒアリングの場ではなかなか開きません。

一方で、聞こえてきた不満をそのまま「では二重チェックはなくしましょう」と受け止めてしまうのも危険です。前任者がなぜその手順を設けたのか、確認していないからです。二重チェックが形骸化しているのか、それとも見えないリスクを防ぐための最後の壁なのか、この時点では判断できません。相手の一言に引っ張られて、AsIsの検証を飛ばしてしまうと、後になって「なぜあの手順をなくしたのか」を説明できなくなります。

私は発注者側でコンサルティングをしていた時期もありますが、この現象は聞く側がSEであっても発注者側の担当であっても変わりません。むしろ発注者側の担当者の方が、自社の業務に慣れているぶん、現状の説明と不満の境目に無自覚なことが多いように感じます。「うちはいつもこうやっているんですが、正直面倒なんですよね」という一言は、AsIsの報告のようでいて、実際には改善要望そのものです。聞く側がどちらの立場であっても、この二重構造を意識できるかどうかで、拾える情報の量が変わってきます。


二つの引き出しを同時に持つ

この場面で必要なのは、AsIsを丁寧に記録することと、ToBeの材料を拾い上げることを、同時に、しかし別々に行うという意識です。

ヒアリング中、頭の中に二つの引き出しを用意しておくのです。ひとつは「今の業務はこうなっている」という事実をしまう引き出し。もうひとつは「なぜそうなっているのか分からない」「本当はこうしたい」という発言をしまう引き出しです。

先の二重チェックの例では、まずAsIsの引き出しに「出荷指示書を作成後、別担当者が再確認してから出庫指示を出す」という事実を淡々としまいます。同時に、ToBeの引き出しには「二重チェックの目的が担当者に伝わっていない」という気づきをしまいます。相手の話を遮ることなく、頭の中で仕分けをするイメージです。

この二つを混ぜてしまうと、業務フローの記録そのものが不正確になります。担当者の感想が交じった手順書は、後で読み返したときに「これは実際の手順なのか、それとも改善案なのか」が分からなくなってしまいます。逆に、ToBeの引き出しを用意していないと、貴重な気づきが記録に残らず、後から「言われてみればそんな話もあったような」と惜しい思いをすることになります。

似たようなことは、別の場面でも起こります。ある小売業のお客様では、在庫の棚卸しについてヒアリングをしていたとき、担当の方が「毎月末に手作業で数えているんですけど、システムの数字とずれることが多くて、正直あまり信用していません」と話してくれました。これも、聞き方によっては雑談として流れてしまう一言です。ですが、AsIsの引き出しには「毎月末に手作業で棚卸しを実施している」という事実を、ToBeの引き出しには「システム上の在庫数値への信頼が低い」という課題を、それぞれ別にしまっておく。この積み重ねが、後の要件定義の土台になります。


「要求」と「要件」を分ける発想と同じ

この構造は、以前「要求と要件を分ける意味」でお伝えした話とよく似ています。現場から出てくる言葉は、そのままでは要件として使える形になっていません。整理と検証を経て初めて要件になります。

ToBeの引き出しにしまった発言も同じです。「二重チェックの目的が伝わっていない」という一言は、そのままでは仕様にはなりません。前任者に確認する、業務の背景を調べる、リスクの有無を検証する、といった工程を経てから、ようやく「この確認は不要」あるいは「この確認は必要だが、目的を明文化すべき」という判断にたどり着きます。

AsIsを聞いているつもりで出てくるToBeの断片は、いわば未加工の要求です。すぐに採用も棄却もせず、いったん保管しておく。この一手間があるかどうかで、ヒアリングから得られる情報の質は大きく変わってきます。

ここで大事なのは、保管したToBeの断片を「いつか見る」で終わらせないことです。ヒアリングの直後、AsIsの整理がひと段落したところで、必ずToBeの引き出しの中身に戻る時間を取ります。時間が経つと、発言の背景や、その場の空気感を忘れてしまい、「なぜこの一言をメモしたのか」が分からなくなることがあります。引き出しにしまって終わりではなく、しまった直後に振り返る、この往復があってはじめて、断片が使える形に近づいていきます。


現状整理は、聞き分ける作業でもある

結局、あの出荷指示の二重チェックがどうなったかというと、前任者に確認したところ、数年前に一度だけ発生した出荷ミスの再発防止として追加された手順だとわかりました。ミスの内容自体はもう解消されていたのですが、手順だけがそのまま残っていたのです。担当者と相談し、チェック項目を減らした簡略版に見直すことになりました。

もしヒアリングの場で「余談だから後で」と流していたら、この経緯にたどり着くことはなかったと思います。逆に、その場の一言だけで「不要な手順だ」と判断していたら、本当に必要なチェックまで削ってしまうリスクがありました。どちらの側に振れても、結果として現状の理解を誤ってしまうのです。


まとめ

要求ヒアリングの場において、AsIsとToBeは、話し手にとって必ずしも明確に分けていないことがあります。手順を語りながら、その手順への評価や違和感が自然に混ざってくるのは、むしろ自然な現象です。加えて、正確なAsIsを引き出そうと話しやすい場をつくること自体が、不満や理想を語りやすくするという副作用を持っています。

この現象への対処は、漏れ出てきたToBeの発言をその場で遮ることでも、そのまま鵜呑みにして採用することでもありません。AsIsを事実として淡々と記録する引き出しと、ToBeの材料として拾い上げる引き出しを、同時に、しかし別々に用意しておくことです。

拾い上げたToBeの断片は、いわば未加工の要求です。「要求と要件を分ける意味」でお伝えしたのと同じように、前任者への確認や背景調査といった検証を経て、初めて採否を判断できる材料になります。保管して終わりにせず、ヒアリング直後に必ず振り返ることも欠かせません。

現状を聞くという作業は、手順を書き取るだけの単純作業ではありません。話の中に混ざり込んでくる小さな違和感を聞き分け、その場で判断せずに取っておく。この二重の意識があるかどうかで、ヒアリングから得られる情報の質は大きく変わってきます。

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