理想通りに進まない現実

――統一されているはずの用語も、業務も、実はバラバラ

理想通りに進まない現実

「同じ意味のはずなのに、言葉が違う」

ヒアリングを重ねていると、こんな違和感に気づくことがあります。ある部署の担当者は「取引先」と呼んでいるものを、別の部署の担当者は「仕入先」と呼んでいる。よく聞いてみると、指しているものは同じです。しかし、社内では、この2つの言葉が、特に意識されることなく、混在して使われています。

これは、決して珍しいことではありません。むしろ、多くの企業で、当たり前のように起きていることです。

理想を言えば、企業として同じ意味を持つ概念には、統一された用語を使うべきです。用語が統一されていれば、部署をまたいだコミュニケーションも、システムの要件定義も、格段にスムーズになります。

しかし、現実はそう単純ではありません。今回は、この「理想通りに進まない現実」について、要件定義の現場で実際に起きることを整理します。


用語の統一は、SEの仕事ではない

まず、はっきりさせておきたいことがあります。「用語を統一すべきだ」と気づいたとしても、それを実行するのは、システム開発を担うSEの仕事ではない、ということです。

用語の統一は、組織全体の情報や概念の整理という、コンサルティング領域の仕事です。どの言葉を正式な用語とするか、なぜその言葉に統一するのか、各部署にどう周知し、どう定着させるか——これは、業務改善やチェンジマネジメントの専門性が必要な仕事であり、システムを作ることを本業とするSEが、片手間にできることではありません。

SEが「取引先と仕入先という言葉が混在していますね。統一したほうがいいですよ」と提案することはできても、それを実際に組織に浸透させ、運用として定着させる力、そしてその権限は、SEにはありません。


しかし、コンサルの仕事だからと放置もできない

ここで、もうひとつ重要な点があります。「これはコンサル領域の仕事だから、SEには関係ない」と割り切ってしまってよいかというと、そうではありません。

用語が統一されていない状態を放置したまま要件定義を進めると、後々、大きな問題を引き起こします。用語の不統一は、単なる言葉遣いの違いではなく、要件定義そのものの精度に直結する問題だからです。

そして、この用語統一を本当に機能させるためには、コンサルが旗を振るだけでは不十分です。組織のトップ層、つまり経営層や、各部署を統括する立場の人が、「これは重要な取り組みだ」と認識し、トップダウンで徹底しなければ、現場には浸透しません。「用語を統一しましょう」という号令が、現場レベルの一担当者から発せられても、日々の業務の中では、これまでの呼び方が惰性で使われ続けてしまいます。

SEにできることは、この構造的な問題を正しく認識し、「これはコンサル領域の課題であり、トップダウンでの徹底が必要な問題だ」ということを、プロジェクトの早い段階で、顧客側の責任者に伝えることです。問題を放置せず、しかし自分の役割を超えて解決しようとするのでもなく、適切な相手に、適切な形で課題を提起する。これが、SEに求められる現実的な立ち位置です。


ヒアリングの現場で、何が起きるか

用語が統一されていない組織では、ヒアリングの現場で、具体的にどのようなことが起きるでしょうか。

同じ業務、同じ概念について尋ねているつもりでも、担当者によって使う言葉が異なるため、話がかみ合っているのかどうか、判断がつきにくくなります。ある担当者が「仕入先マスタ」と呼んでいるものと、別の担当者が「取引先台帳」と呼んでいるものが、実は同じデータを指しているのか、それとも微妙に異なる概念なのか、その場では判別がつかないことがあります。

これは、複数回のヒアリングを重ねた後、議事録を突き合わせる段階になって、初めて発覚することも少なくありません。「あれ、これは別々の話だと思っていたけれど、実は同じことを言っていたのではないか」という混乱が生じます。

このとき、SEに求められるのは、言葉の違いに敏感になり、「今おっしゃった『仕入先』というのは、先ほど別の方がおっしゃっていた『取引先』と同じものですか」というように、その場で確認を挟む姿勢です。用語の統一そのものは実現できなくても、ヒアリングの中で、言葉の対応関係を意識的に確認し、記録しておくことは、SEの役割としてできることです。

私自身、こうした経験があります。あるプロジェクトで、部署をまたいだ現状業務のヒアリングを行った際、部署ごとに使う用語が異なり、理解が非常に困難になったことがありました。最初は、関係者全員に呼びかけ、用語を統一しようという意識改革を試みました。しかし、日々の業務を抱える現場の担当者にとって、長年使い慣れた言葉を変えることには、当然ながら抵抗があります。呼びかけだけで、実際に用語が統一されることはありませんでした。

最終的には、自分自身で用語を整理し、対応表のような用語集を作成するしかありませんでした。「A部署でいう『仕入先』は、B部署でいう『取引先』と同じ」という対応関係を、自分の手元で一覧化し、ヒアリングのたびにその用語集と照らし合わせて確認する、という地道な作業です。これは、組織の用語を統一したわけではなく、あくまでSE側が、バラバラな用語を自分の中で翻訳するための道具を作った、ということに過ぎません。しかし、これがなければ、複数部署にまたがるヒアリング内容を正確に整理することは、到底できなかったと思います。

ここで、ひとつ付け加えておきたいことがあります。「取引先」と「仕入先」のように、誰もが日常的に使う一般的なビジネス用語であれば、多少の言い回しの違いがあっても、文脈から「同じことを指しているのだろう」と気づきやすいものです。SE自身も、業務経験や一般常識の範囲で、ある程度の見当をつけられます。

しかし、これが業界特有の専門用語になると、話はまったく変わってきます。その業界に馴染みのないSEにとっては、専門用語同士が同じ概念を指しているのか、まったく異なる概念なのか、判断する手がかり自体がありません。「これはさっきの言葉と同じ意味では」と気づくための、最低限の予備知識が不足しているからです。この場合、SE自身が用語集を作ろうにも、そもそも「対応関係があるかもしれない」という疑いを持つことすら難しくなります。専門用語が飛び交う業界のヒアリングでは、一般用語のとき以上に、意識的に「これは、先ほどの言葉と同じ意味ですか」と確認する姿勢が必要になります。


業務のやり方も、拠点によってバラバラ

用語の不統一と、よく似た構造の問題が、業務プロセスそのものにも存在します。同じ会社、同じ業務であっても、店舗や拠点によって、実際のやり方が異なっているケースです。

たとえば、複数店舗を展開している小売業で、「レジ締めの手順を教えてください」とヒアリングをしたとします。ある店舗では、レジ締めの後に必ず店長が金額を確認するという運用になっているのに、別の店舗では、その確認作業が省略され、担当者の裁量に任されている、ということがあります。(もちろん、業務手順が徹底されているところもありますので、違いがある可能性を踏まえておくという意図です。)

本社の担当者に話を聞くと、「マニュアル上は、全店舗で同じ手順のはずです」という答えが返ってくることがあります。しかし、実際に現場の担当者に聞いてみると、拠点ごとに微妙に異なる運用が定着している、ということは珍しくありません。これは、拠点の責任者の考え方や、人員体制、あるいは長年の慣習によって、少しずつ手順が変化してきた結果です。

これは、用語の不統一と同じ構造の問題です。「本来はこうあるべき」という理想の姿と、「実際にはこうなっている」という現実の間に、ギャップが存在しています。そして、このギャップに気づかないまま、ある一店舗のヒアリング結果だけをもとに要件定義を進めてしまうと、他の店舗の運用実態に合わないシステムができあがってしまいます。


「本社の答え」を、鵜呑みにしてはいけない

この業務プロセスの不統一という問題から得られる、実務上の重要な教訓があります。それは、本社や管理部門から得られる「標準的な手順」の説明を、そのまま鵜呑みにしてはいけない、ということです。

本社の担当者は、悪意を持って間違った情報を伝えているわけではありません。マニュアル上、あるいは本社が把握している範囲では、それが正しい手順なのです。しかし、現場では、マニュアルどおりに運用されているとは限りません。

これは、「大学病院での『たらい回し』に学ぶ、要件定義の本質――現場を、巻き込むべき理由」でお伝えした構造と、まったく同じです。

管理者からは「あるべき姿」が、現場からは「実際の運用」が、それぞれ引き出せます。両方を突き合わせることで初めて、どこにギャップがあるのかが見えてきます。

複数拠点が存在する業務のヒアリングでは、本社の説明を聞いた後、必ず複数の拠点の現場担当者にも話を聞き、実際の運用が本社の説明と一致しているかどうかを確認する必要があります。もし拠点間で運用にばらつきがあることが分かれば、それはシステム開発において、重要な検討事項になります。すべての拠点の運用パターンを吸収できる柔軟なシステムにするのか、それとも、この機会に運用自体を標準化するのか、という判断が必要になるからです。


理想と現実のギャップを、前提として持っておく

用語の不統一も、業務プロセスの不統一も、根っこにあるのは同じことです。組織というものは、私たちが思っているほど、統一されていないし、整理されていない、という現実です。

これは、組織の管理体制が甘い、という批判ではありません。日々の業務をこなす中で、少しずつ言葉や手順にズレが生じていくのは、ある意味で自然なことです。長年、複数の人が、複数の現場で、それぞれの判断を積み重ねてきた結果として、こうしたバラつきが生まれます。

SEとして要件定義に臨む際には、「組織は、理想通りに統一されているはずだ」という前提ではなく、「バラつきが存在することを前提に、それを発見しにいく」という姿勢を持つことが重要です。ヒアリングの中で、言葉のズレや、手順の違いに気づいたときは、それを「例外」として片付けるのではなく、「組織の実態を映し出す、重要な手がかり」として受け止める必要があります。


まとめ

理想を言えば、企業として同じ意味を持つ概念には統一された用語を使うべきですし、同じ業務は、どの拠点でも同じ手順で行われるべきです。しかし、現実には、用語も業務プロセスも、部署や拠点によってバラバラになっていることが少なくありません。

用語の統一は、システム開発を担うSEの仕事ではなく、コンサルティング領域の課題です。しかし、これを放置してよいわけではなく、組織のトップ層がトップダウンで徹底しなければ、現場には浸透しません。呼びかけによる意識改革だけでは不十分で、最終的にはSE自身が用語集を作るなど、実務レベルでの工夫が必要になることもあります。特に、業界特有の専門用語が絡む場合は、一般的なビジネス用語以上に、対応関係に気づくこと自体が難しくなるため、意識的な確認が欠かせません。

業務プロセスの不統一についても、本社が説明する「標準的な手順」を鵜呑みにせず、複数の拠点の現場担当者に確認することが重要です。理想と現実のギャップは、組織につきものです。それを前提として持ち、バラつきを積極的に発見しにいく姿勢が、要件定義の精度を高めます。


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